楽天がクックパッドに勝てなかったワケ 〜 Web マーケティングよりマーケティング #27
人が、「そうしよう」と思う理由は何でしょうか? まだ行動していない人間が、ある時点で、行動に移るための原動力ってどういうものなんでしょうね。 人間は、何を用意すれば、行動するのでしょうか。 ・目標を達成したい ・お金がほしい ・認められたい たぶん、これらも原動力の一部です。 こうした、人に何かをさせるための「意欲の源」「動機づけ」のことを、僕らは「モチベーション」とよく表現します。 では、この「モチベーション」をどうしたら高めることができるのか、これはビジネスに関して言えば、マネジメントとマーケティング、あるいはセールスに深く関わる古くて新しい永遠のテーマかもしれませんね。 さて、今日のタイトル。 「楽天がクックパッドに勝てなかった理由」です。 ここにもモチベーションが大きく関わってきます。 それも、本来であれば、高いモチベーション、動機づけが得られると多くの人が考え、マーケテティング上も有効と考えられる戦略が、実はさほど機能しなかった事例をご紹介したいと思っています。 大きな組織が小さな組織を翻弄したり、駆逐することはめずらしくないし、情報としてあまり興味はありませんが、その逆、小さな組織が大きな組織と堂々と勝負し、撃墜するほど痛快なことはありません。 物語としても断然おもしろくなりますよね(笑)。 これからこのノートで書くことも、まさにこれ。 女性に限らず、多くの方々が既に、クックパッド(COOKPAD)というサイトをご存知だと思います。 1998年に誕生し、既に110万以上のレシピが登録され、月間ユーザー数1500万人、月間ページビュー数は5億超とも言われる日本最大のレシピサイトです。 1日500以上のレシピが投稿され、利用者の半数がほぼ毎日アクセスし、20代以上の日本の女性の半数近くが利用しているというおバケサイトです。 料理ができる Web プロデューサーである僕も、実は密かに利用しています(笑)。 ごく一般の人たちが自分の考えだしたレシピを写真や文章とともに投稿したり、それを見て料理してみた人がその結果を写真とともにフィードバックしたり。 そんな、料理をテーマにしたサイトです。 料理の専門家が提案する難易度の高いレシピではなく、「ごく普通の人によるレシピ」というごく普通のコンテンツが、クックパッドによって価値づけされたのが、クックパッド成功の1つだと僕は考えています。 また、Google や Yahoo といったインターネット界の超巨人たちをはじめ、ほぼすべての情報提供サイトが、いまだにその収益源のほとんどを広告でまかなっているという、ビジネスモデルとしては非常に古い形態から抜けだせずにいる中、最大の収益源が有料会員から得る会費であることも、クックパッドの存在を際立たせる要因の1つです。 財務の側面からも、クックパッドが極めて優良な企業であることを知ることができます。 物販を除くネット企業の多くには、「仕入れ」という費用がほとんど発生しないため、限界利益率が異常に高まります。 クックパッドも例外ではなく、上場企業ですら営業利益率が4〜5%程度であるにも関わらず、同社のそれは50%を超えると言われています。 簡単に言うと、売上の半分が利益、ということです。 ものすごい数字ですね。 そんな、盤石な体制と環境の中で、極めて優良な企業として認知されてきたクックパッドに最大の危機が訪れます。 会員数約7,000万人、流通総額1兆円超を誇る日本最大のショッピングモールである楽天市場が、2010年10月に「楽天レシピ」をオープンします。 文字通り、楽天レシピは、7,000万人を擁する楽天をベースにしたクックパッドと類似のレシピサイトです。 1から会員を募ったクックパッドから比べれば、楽天レシピはオープン時から巨大な戦艦のようなものです。 また、楽天レシピには、一気にビジネスを拡大させる極めつけの戦略がありました。 それは、 【投稿により楽天スーパーポイントがもらえる】 という、クックパッドにはない、強力なインセンティブでした。 1つのレシピ投稿で50ポイント。 それを見て作った人がレポートすれば双方に10ポイントが付与され、貯まったポイントは、そのまま楽天市場での買い物に利用できるわけです。 楽天レシピを入り口、楽天市場を出口と位置づければ、楽天レシピが楽天市場の売上に貢献するシナリオはいくらでも描けます。 楽天レシピの登場を知ったとき、「クックパッド」は終わったと思いました。 楽天レシピの成功は、いわば約束されているようなものです。 ネットビジネスは極端な世界で、2番以降はビジネスとして成立せず、淘汰されてしまったケースがたくさんあります。 抜群の知名度。 換金性という強力なインセンティブ。 余程、想定外な事態が生じない限り、楽天レシピの勝利以外、僕には予想できませんでした。 楽天での買い物に利用できるポイント制を導入し、高いインセンティブを持った「楽天レシピ」。 かたや、投稿者の「自己表現欲」や「個人体験のシェア願望」のみに支えられた「クックパッド」。。 勝負の行方は明らかだと誰もが想像したんじゃないでしょうか。 それから2年弱。 クックパッド、楽天レシピの2大勢力図はどのように書き換えられたのでしょうか。 そうです。 みなさんもご存知の通り、クックパッドは今も健在であり、同社の IR を見れば、その安定ぶりは明らかです。 クックパッドは、楽天レシピの1位の座を譲るどころか、その後も安定成長を続けていたんです。 トラフィックデータを見れば一目瞭然ですが、楽天レシピがクックパッドに追いつくことが、とんでもなく困難であることは明らかです。 既に勝負はついてしまった感すらあります。 楽天レシピの敗北は明らかになってしまいました。 この2年弱、いったい何が原因で、こんな結果になってしまったんでしょうか。 さて、ここで今日のテーマである、人が行動を起こすための「原動力」「意欲の源」「動機づけ」をからめて考えてみましょうか。 どちらもほぼ同じサービスを提供しているので、普通に考えれば、楽天スーパーポイントがもらえる楽天レシピへの投稿のほうが、より大きな「動機づけ」につながると思いますよね。 だって、自分の考えだしたレシピを投稿して、自己表現欲や認知願望が満たされた上に楽天スーパーポイントまでもらえるんですから。 でも実際には、ユニークユーザー数、セッション数、滞在時間、投稿レシピ数などいずれの指標においても、クックパッドが10倍以上の差をつけてブッチギリ状態です。 楽天という巨大なプラットホームに魅力的な仕掛けまで用意しながら、なぜクックパッド以上の支持を得られなかったのか。 なぜ、クックパッドの多くの利用者は、楽天レシピに移らなかったのか。。 Web マーケティングを専門とする者にとっては、ぜひとも検証してみたいところです。 1つ明らかな理由があります。 それは SEO。 ある人が、特定の料理のレシピを知りたくてYahoo や Google で検索すると、多くの場合、クックパッドの情報が上位表示されます。 これは、サイト運営期間が長いことによるレシピ数の多さと、ドメインエイジ(サイトの歴史の長さ)による恩恵です。 これをひっくり返すことは、2010年に参入してわずかな日数しか経過していない楽天レシピには、ほぼ不可能です。 料理名(材料名)+レシピ で検索してみてください。 最上位はほぼ、クックパッドが独占しています。 でも、クックパッドが勝ち続ける肝心な理由はこれではないと思います。 やはり、「動機づけ」にもっと深く関わる要因がある気がしてなりません。 「ポイント制」「換金性」を全面に打ち出したサービスはネット上にはたくさんあります。 が、このサービスにおいては、よく生じる事態があります。 それは、 【ポイント獲得が最大の目的になる】 ことです。 おそらく楽天レシピでも、これが起きてしまったんではないかと思っています。 シナリオ通りにクックパッドを打ち負かし、日本最大のレシピサイトなるシナリオを覆した一番の原因は、楽天レシピ最大の魅力であるこのポイント制の導入ではなかったかと思うんです。 会員獲得、投稿レシピの増大に、このポイント制は絶大な力を発揮したことと思います。 その証拠に、楽天レシピは、オープン4ヶ月で、月間訪問者数は200万人、レシピ数は4万を超えました。 でも、会員数が増え、投稿レシピが増えるとともに、楽天レシピの利用者の心に変化が生じたのではないかと想像しています。 【楽しみ】が【作業】に イメージしてみてください。 レシピを投稿する人たちって、どんな気持ちでレシピを作ってるんでしょうか。 きっと、おいしくて、食卓に彩りを添えられるようなレシピ、あるいは、簡単でヘルシーなレシピ、子供たちが喜んでくれるレシピなど、みなさん、レシピ作りを楽しんでいるんだろうと想像します。 そんな自分が創りだしたレシピを、見知らぬ別の利用者が再利用し、さらなる工夫を施して進化していく。。 自分の考えだしたレシピを軸に、料理の好きな人たちとのコミュニケーションの輪が広がり始めます。 料理を作ること、 レシピを考えるという個人の体験を、多くの料理好きの人たちとシェアすること、そしてそれに対する他の利用者の反応 から得られるうれしさや楽しさ、満足感。 これがクックパッドが生み出した魅力であり、多くの利用者によって100万件を上回るレシピを集めることにつながる原動力だと思います。 さて、ここにポイント制が導入されるとどうなるの か・・ 投稿レシピの多い人は、得られたポイントによって具体的なメリットを体験し始めます。 ポイント制の魅力が増せば増すほど、レシピを投稿するという、 【楽しさ・うれしさ】 が 【ポイントを貯める・増やす】 ことに置き換えられ、利用目的が本質的に変わってくる可能性が大きくなります。 僕は楽天レシピを利用しないので詳細は定かではありませんが、楽天レシピには、明らかにポイント獲得を目的としたレシピの投稿や、似たような内容のレポートが見受けられると同業の知人から聞きます。 楽天レシピでも同じ事態が起きていると決して断言するつもりはありませんが、ポイント獲得を目的とした、自作自演の投稿は、今も昔もネットではめずらしくありません。 ポイント制というインセンティブが、そういう行為を誘発するリスクをもともと持ち合わせているんです。 さて、こういう状況をサイト上で目にした利用者がどういう気持になるかは、考えるまでもありませんよね。 楽天レシピが大方の予想をはずした理由をこれに限定するつもりは毛頭ありませんが、現状からはっきりと見えてくるのは、現金に近いポイント制という強力な「動機づけ」をもってしても、利用者の心をつかむことが困難な場合も多々ある、ということです。 再度言いますが、ポイント制の仕組みは、短期的には利用者とレシピを集めるために、大いに機能したはずです。 でも、料理を軸にしたソーシャルな場の形成していく長期的なプロセスにおいて、利用者との良好な関係の構築や信頼感醸成には必ずしも有効ではない、むしろ、導入が足かせになる可能性もある、と言えるのではないでしょうか。 ソーシャルメディアとしてその存在がますます重要性を増すfacebook のビジネス利用についても、同様のことが言えそうです。 facebook をビジネスに利用するなら、 「売る」のではなく「関係」を築け と言った表現をよく目にします。 人はなぜ行動するのか。 その原動力、動機づけは、何からどのようにして生み出されるのか。 既に言い尽くされたようでもあるのに、たびたび僕らは読み間違え、失敗します。 そんな時、何度でも、 【人が行動する動機づけ】 について、学び直すことが必要なんだろうと思います。